「子和えって、すげえ懐かしい。旨い」
どうにも素人っぽい母さんだが、すげえ旨い。
北海道の郷土料理って言ったら、これをあげる人が多いだろうか。真鱈の子とこんにゃく。醤油と酒と砂糖で真鱈の子からすごい出汁が出るんだという。
「母さんの昔風カレーライス」って看板見て、カレーライス食べてさっと帰ろうって思って入ったら「カレーはない」というので、爆笑。五人のカウンターに客は僕だけだ。母さんの動きがぎこちなく「あら、おしぼり忘れた。緊張しているわ」とか。
なんとも言えない風情のこの緑のシェードと屯田会館という名前の建物。「のの花」の緑の文字に惹かれた。只者ではない空気。
「とりとめのないものばかり出ますから。あ、魚焼きます?」
「じゃ、とりとめなく食べるわ。つか、とりとめないって言わなくていいから」
なんだか海辺の空気のある人で訊くと、留萌の北、小平の出身だという。
「あの頃はね、材木とか運んでる列車に手を挙げると、止まってくれたの」
「なんだい、カナダのフラッグストップみたいだね」
「いい時代だったわ。おおらかで」
炭鉱もあったけど、材木っていうから、1957年(昭和32年)に廃止になった達布森林鉄道のことかなあ。って海じゃなくて山じゃん。
ニラ玉を食べていると、魚が焼けた。干した鰊だ。
「これは旨い。焼くの上手だねえ」
「それが、よく失敗するのよ。黒焦げになったり。今日はたまたま上手くいったわね」
なんとも調子の狂う会話だ。
日本酒もらって飲む。
自分で漬けたイカだとか、ポテトサラダのハムも自分で作ったとか、なんだか調子が出てきた。どれも口に合う。
料理のうまかった祖母の話になると、沢庵の酸っぱいのがどうしたってことになる。
ご飯が炊けたから食べろという。
旨えなあ。
「うわあ、この酸っぱいの、小学校以来かもだ」
「こんな酸っぱいの誰も食べてくれないのよ。でも私、好きなの」
母さんいなくなったと思ったら、外のどっかから、沢庵を持ってきてくれていた。ぬかみそに手を突っ込んで、べっとり。大根を干している風景を思い出す。
「食べられるかしら」って味見して、「大丈夫」って一人で納得している。
気がついたら、お互い、家族の話で盛り上がっていた。
「私が作ったお茶飲んでみて。美味しいから」
確かに旨い。
庭に生えた、蓬、ドクダミ、蜜柑の皮を乾燥させて、緑茶を焙じる。山椒の実が入る。
「あとなんか入れたかしら。適当なのよー。体に良さそうな気がするから。煎じるのも面倒なんだけど、今日は上手く入ったわ」
一杯飲んで、これだけ食べて、1,500円てなんだ。
「実はボケ防止のためにやっているの。赤字なんだけど、助かっているわ」ってなんだかなあ。
母さん、今度は友達連れてくるわあ。
「あ、明日休みだから、全部持って行ってくださる?」
って惣菜全部、包んで渡された。
「カレーライスの方が良かった?」
「いや、こっちの方が良かったよ」
「そう、良かった」
のの花
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