「もう40年、この仕事やっているけど、親爺にはかなわないぜ。いつまでたっても大変さ」といいながら、楽しそうに出汁の話 や、店の話をしてくれた。創成川にサーカスのテントが跨いでかかったとか、テレビ塔が出来る前の昭和の札幌の風景の話しをしてくれるところをみると、 60歳を過ぎているのも納得するのだが。
■定山渓に本当の札幌ラーメン
「やっぱり醤油かな」。大将は創業時代から変わらないという醤油味を勧めてくれた。札幌ラーメンと言えば味噌と定番が決まっているようです。僕と息子は醤油が好きなんですけどね。だから、こんな店は大好き。もう亡くなってしまったお父さんが作っていた味を、大将は頑なに守っているという。「温泉街の人が毎日来るからね、味噌ラーメンと他のご飯ものは俺が考えたけどさ、醤油ラーメンと塩ラーメンは親爺のままさ」。
奇麗に澄んだスープ。飲んでみると、あっ、さっぱり。涙が出て来た。「大将、これ、豚だけかい」「そうだよ。豚、豚。豚の出汁と、甘みは野菜だけ」。豚単独でこんなに品のいい出汁がでるのか。「うちは、玉葱も、豚も、まったく取引先変えてないからね。信頼できるところだよ。あと、出来るだけ北海道のもの。旬で沢山入ると安いしね。無いものはしょうがないから道外から入れるけど」と、道内しか使わないと突っ張らないところがいい。
小樽で和菓子職人をやっていた先代は、炭鉱街の割烹に婿入りした。発破の技術者になり、重宝されて、赤紙が来なかったそうだ。戦後は炭鉱の仕事をやめて、割烹を手伝うも、政府のエネルギー転換政策でさびれる炭鉱に見切りをつけて札幌に出て来て料理をやっていた。定山渓に呼ばれて、置屋を開くことに。根が働き者で、姐さんたちだけ働かせてはおけなくて、また割烹を始めた。すると、また、お座敷のあとの二次会で繁盛。これが可楽の前身で、和食割烹の丁寧な仕事がラーメンに引き継がれる。店名の由来は「楽しきなり」。人生を楽しむ事を大事にした先代の命名だそうだ。
話を聞いていると、どうも古い。聞けばとっくに60をすぎている大将の加賀議次さん、40代の僕より白髪が少ないし、肌艶がいい。姿勢もいい。あれかな、毎日、うまいスープと、温泉のお陰かな。味が変わらないように、毎日、残ったスープは全て捨てるそうだ。なんとも勿体ない。焼豚は1キロ以上の固まりを大量に一気に作るのでうまいのだとか。その時使った醤油が、醤油ラーメンのベースになるらしい。
「定山渓の水はいいからな。スープもうまいのかもしれん。東京修行にいってたときは、むこうの水でもちゃんとダシとってたけどよ」。
店の中には、この店の常連たちの愛情が沢山。お店のカードや、メニューは全部、お客さんお手製。「コンピュータを始めたら練習台が欲しいらしいよ」。まあ、照れるだろうけどお客に愛されていること、素直に自慢してもいいんだぜ。旅行エージェント等は「昼飯にお客さんを連れていくから、大将休まないでよ」とかよく電話をよこすそうだ。
(2008年4月1日・杉山幹夫)
できるだけ道産の素材を使うという。豚だけでとったという、北海道のラーメンの基本の出汁に、道産野菜の甘みが加わって、札幌ラーメンの基本の味ができている。玉葱と豚の呼び合いで旨味がグンとあがっている。ニンニクは使われていないのに、味、香りともに強い満足感。脂を追加しない、取り去らない、旨味と脂溶性のビタミンが凝縮したラードが美しく光る。僕にとっては、これこそが札幌のラーメンの原体験の味だ。もう無いかと思ったら、ちゃんと定山渓に残っていた。
■ 可楽
住所 札幌市南区定山渓温泉西3丁目43
電話 011-598-2563
営業時間 11:30~0:00
定休日 不定休
メニュー 味噌・塩・正油ラーメン 650円、チャーシューメン 800円、玉子丼・カレーライス 600円、親子丼・チャーハン・焼そば 650円、カツ丼・カツカレー 750円
国道から温泉郷に入り、月見橋を渡って、岩戸観音堂と足湯を過ぎて、坂を上りつめると「可楽」の看板。第一ホテル翠山亭の向かいだ。戦後札幌の風情そのままのラーメンを食べられる。
追記
2020.3
白髪になった大将。相変わらずかっこいい。ラーメンは一段とうまかった。
看板が新しくなっていました。